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福岡地方裁判所 昭和52年(ワ)620号 判決

原告

安部光弘

ほか一名

被告

吉開久美

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金七五万七〇五三円及びこれに対する昭和五三年三月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨及び敗訴の場合仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和四八年一月一三日午後四時二〇分頃。

(二) 場所 福岡市東区蒲田九六九の四番地先路上。

(三) 加害車 普通乗用自動車(福岡五五さ九七六三)。

(四) 右運転者 鶴茂男(以下「鶴」という。)。

(五) 被害者 亡安部正和(当時五歳、以下「亡正和」という。)。

(六) 事故の態様及び結果 鶴が、加害車を運転して直方市方面より福岡市方面に向けて進行中、道路を横断中の亡正和に同車を衝突させ、その結果、右同日午後五時二分、同人を死亡させたものである。

2  原告両名は、亡正和の父母であり、亡正和の死亡により、法定相続分各二分の一の割合でこれを相続した。

3  責任原因

被告は、加害車の助手席に同乗していたものであるが、これを運転していた鶴と共同して、同車を自己のために運行の用に供していたものである。

すなわち、被告は、本件事故当日、既に案内状が届いていた久山町所在の窯元を訪れるため、鶴に頼んで加害車に同乗させてもらい右窯元まで赴き、その帰途に本件事故に遭遇したものであること、被告と鶴とは、親族関係こそないものの従前から親しい交際を続けてきており、本件事故が発生するまでは、被告方の敷地を加害車の駐車場代りとして鶴に使用させ、また、被告においても、茶道の稽古への往復の際に鶴の運転する加害車に同乗を頼み、あるいは、運転免許の取得のために加害車を借りて自ら運転するなどしていたこと、以上の事実が存するのである。しかして、これによると、被告は、本件事故当日の加害車の運行につき、鶴と共同してこれを支配し、その利益を享受していたといえるのであり、自賠法三条による責任を負うべきである。

4  損害

(一) 亡正和の逸失利益分

亡正和は、前記の如く死亡当時五歳の男児であつたが、昭和四八年度「年齢階級別きまつて支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額(パートタイム労働者を含む)」による全産業男子労働者の全年齢平均給与額は年約一六二万四二〇〇円であるので、一八歳までの養育費を年間一〇万円とし、一八歳から六七歳までの就労可能期間中の生活費を五割とみてこれを控除し、ライプニツツ方式により中間利息を控除して計算すると、同人の逸失利益は、六八八万五四七七円となる。

原告両名は、右につき各二分の一ずつこれを相続したものであるが、本訴においてはそのうち六割だけを請求するので、各自の請求額はそれぞれ二〇六万五六四三円となる。

(二) 慰藉料

亡正和が死亡したことにより、両親である原告らが受けた精神的苦痛は、それぞれ二五〇万円をもつて慰藉されるべきであるが、本訴ではそのうち六割に相当する一五〇万円あて請求する。

(三) 葬儀費用

原告両名がそれぞれ一五万円あて負担したうち、六割に相当する各九万円を請求する。

(四) 損害填補

原告両名は、自賠責保険より各二〇〇万円、鶴より各一〇四万八五九〇円の支払を受けた。

(五) 弁護士費用

原告両名につきそれぞれ一五万円。

5  よつて、原告両名は、被告に対し、それぞれの損害残額七五万七〇五三円及びこれに対する本件不法行為の日以後である昭和五三年三月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項中、(六)の事故の態様については否認するが、その余の事実はすべて認める。

2  同第2項の事実は不知。

3  同第3項中、被告が、本件事故当日、加害車の助手席に同乗して久山町の窯元まで赴いたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同第4項中、(四)の事実は認めるが、その余の事実はいずれも不知。

三  抗弁

仮りに、被告が、本件事故の発生につき責任を負うべきであつたとしても、原告両名の本訴提起の時は、既に本件事故が発生した昭和四八年一月一三日から四年以上経過していたのであるから、被告は、本訴において、民法七二四条による消減時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

争う。原告らが、被告を加害車の運行供用者であると認識したのは、昭和五二年二月一五日である。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項(一)ないし(五)及び(六)中本件事故により原告ら主張の日時に亡正和が死亡したことは、当事者間に争いがない。

また、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第三号証及び証人鶴茂男の証言によれば、請求原因第1項(六)における本件事故の態様及び同第2項の原告らと亡正和との身分関係は、いずれも原告らが主張するとおりであつたものと認められ、この認定に反する証拠はない。

二  そこで、進んで、被告の運行供用者責任の有無につき判断することとする。

1  被告が、本件事故当日、加害車の助手席に同乗して久山町の窯元まで赴いたことは当事者間に争いがなく、更に、前掲甲第一号証及び証人鶴茂男の証言(但し、後記措信しない部分を除く)ならびに被告本人尋問の結果によれば、

(一)  本件事故は、被告が、鶴の加害車に同乗させてもらい、初詣でをかねて右窯元を訪れた帰途に惹起されたものであるところ、右の窯元行きについては、被告においてその前日鶴に依頼しておいたものであること、

(二)  被告と鶴とは、本件事故当時より一五―六年位前から家族ぐるみの親しい交際を続けていた間柄であり、その間、鶴においては、しばしば被告の叔父方の空地を駐車場代りに使わせてもらつたり、また、被告においては、茶道の稽古へ往復する折りなどに加害車に同乗させてもらい、あるいは、運転免許を取得する際には鶴から同車を借りて自ら運転練習をすすようなことが何度かあつたこと、

(三)  鶴は、本件事故当時、加害車を主として自己が経営していた塗装業に用いており、同車の保管やそれに対する税金は、同人が行いあるいは負担していたこと、

以上の事実が認められる。なお、前掲証人鶴茂男の証言中、被告には一度しか自動車を貸したことがない旨の部分は、その余の右各証拠に対比して措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右の事実関係によると、成程本件事故当時、被告と鶴とは親戚関係にも同視し得べき親しい間柄にあり、右事故当日、被告が加害車に同乗した経緯も、かかる人的関係に立脚する面が濃いと言えることは否定し得ないところであるが、それ以上に、被告が加害車に対し何らかの権利を有し、被告単独で、あるいは鶴と共同して、同車の運行を支配ないし制御し、または、その運行によつて何程かの利益を享受する立場にあつたとの事情は認め難いところである。

なお、前記1(二)で認定した被告と加害車とのかかわりについては、当時被告と気安い間柄にあつた鶴の好意によるところにすぎないものとみられるのであり、これをもつて、被告の加害車に対する運行支配ないし運行利益の現れとは言い難いものである。

3  右に検討したところによると、被告の運行供用者責任は、これを肯定することができないと言わざるを得ない。

三  以上によれば、原告らのその余の請求原因及び被告の抗弁について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないと認められるので失当としてこれを棄却するととし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石村太郎)

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